狂おしいほどの肉欲にとらわれて

血のしたたるようなステーキが食いてえ。
まるで往年のプロレスラーが言いそうなことですが、誰しも狂おしいほどの肉欲にとらわれることがありますね。肉欲、あります。
そんなときはステーキに限ります。
お店で食べるとちょっと高くつくので、俺は自宅でステーキを焼くんだとインターネットでレシピを探すと、なんですかこれは。



ひとつ、肉の厚みは2.5センチ以上でなくてはならない。

ひとつ、鉄のフライパンでなくてはならない。

ひとつ、肉の温度は70℃を越えてはならない。

……などなど。
めんどくさい。
ネット上のこだわりステーキレシピにはいちいち細かい決まりごとがあって、すごくハードルが高いです。なんかもうぜんぜんワイルドじゃない。
実は、肉の調理に関しては科学的な答え合わせがほぼ終わっております。
低温長時間の加熱と表面の適切なメイラード反応によって、塊肉は間違いなくおいしく調理できるのです。

しかし、いま我々に必要なのは「スーパーで安売りしていたステーキ肉を今夜おいしく焼き上げるメソッド」です。鉄のフライパンなんて趣味人しか持ってねえよ。高い肉ならおいしくて当たり前だよ。
安い肉とフッ素樹脂加工のフライパンしかないんです。
この条件下で、なるべく手間とお金をかけずにおいしいステーキを焼くのです。筆者はステーキ屋さんを何軒も食べまわり、ウマいステーキに共通する根幹テクを抽出してきました。いやあ、けっこう金かけて勉強したネタなんですよ。

1センチ級のステーキ

アメリカ産牛肩ロースステーキ用肉です。グラム188円。200グラムちょいで423円です。安い。ステーキは赤身がウマいっすよね。サシがたくさん入った高級な牛肉もおいしいですけど、歯ごたえや肉食った満足感となるとこっち。
しばらく置いておいて肉の温度を室温にします。
冷蔵庫から出してすぐの冷たい肉は火の通りが悪くなっちゃうんです。ここ重要です。

赤味と脂肪の間のところにスジがあるので、よく切れるナイフでここを切っておきます。切りやすさと口当たりに関わる意外と大事なひと手間です。

そしたらフォークで肉をブスブスと突き刺して穴だらけにします。研究のために行った評判のいいステーキハウスでは、肉を刺すための剣山みたいなの(ミートテンダーという)を使ってザクザクしておりました。これもスジ切りが目的ですが、赤身肉が柔らかくなりソースの味も染み込みやすくなります。

さて、肉の温度は室温くらいになりましたか。
そしたら塩と胡椒をふわーっとふりかけます。下味なのでかけすぎず。片面だけで充分です。高いところから行くといい感じで全体に散ってくれます。

釈迦に説法かもしれませんが、肉の胡椒は黒胡椒。できればペッパーミルでガリガリ挽きましょう。

さて焼きましょう。油は牛脂でなくてはならない、みたいな頑固なレシピもありますが、サラダ油で充分です。まあ牛脂はスーパーでもらえるので好みで使いましょう。

フッ素樹脂加工のフライパンにサラダ油を適量。中火です。

油が熱せられてスムーズに流れるようになったら、肉を入れます。
まず片面を焼きます。肉の厚さにもよりますが、厚さ1センチ強のステーキ肉なら体感で1分弱。目的は焼き目をつけることです。
メイラード反応という難しい理屈はありますが、つまりは焼き目がついたら肉はウマくなるってことです。

ここまで来たら、注意するのは火の通り過ぎだけ。焼き目がついたらひっくり返します。

バターをひとかけ乗せて。

フタをします。中火のままで1分くらい。

フタを取ったらこんな具合。
ちなみに赤い汁は血液ではありません。ミオグロビンという成分が酸素に触れて赤くなったものです。アミノ酸なのでどっちかというとうま味成分。

おいしい肉であれば塩と黒胡椒オンリーが最もポテンシャルを出せる調味料ですが、今回は安い肉でおいしいステーキを作るのが目的。
ステーキソースの出番です。
オニオン一択です。大根おろしの和風ソースとかガーリック風味バリバリのものとかはバリエーションとして楽しめればよいこと。



玉ねぎにはプロテアーゼという酵素が入っておりまして、これがたんぱく質を柔らかくします。プロテアーゼはパイナップルなどにも含まれていまして、一説には「パイナップルジュースに肉を漬け込んでおくと溶けて無くなる」という話も聞きます。肉料理の隠し味で使ってもいい裏技ですし、酢豚にパイナップルを入れるのはこういう理由だそうですね。
基本は肉を柔らかくしうま味が豊富なオニオンソースです。こいつをフライパンの中に投入、温度が下がるので強火にしてちょっとアオって水分を飛ばします。
はい完成。焼き始めてから完成まで3分かかりません。

ステーキハウスだと焼いた鉄板で提供したりしますね。あの演出は楽しいしうれしいですけど、でもでも……。先に申し上げたように肉のおいしさは完全に火加減によるというのが近年明らかになってきた調理法の答えです。
ですからいつまでも熱を通し続けることになる鉄板でのサーブは案外アレなのです。意図せぬウェルダンのリスクなんです。

そんなに厚みのない肉ですが、断面はちゃんとフレッシュなビーフピンク。火が通りすぎることもなく、加熱したアミノ酸のうま味が完璧に楽しめます。
表面はメイラード反応で香ばしく、ソースは玉ねぎのうま味と焼いた時に出た肉汁が混ざってベストコンディションとなっております。
泣きながら一気に食べました。柔らかく焼いた赤味肉、うめえ。

肉の温度を室温まで上げておく
スジ切りする
焼きすぎない火加減で焼く

これで、勝てます。

3センチ級のステーキ

いやいや。1センチ強の厚みのステーキを3分でキメるのは簡単だと。ちょろいと。
しかし、やはりステーキの醍醐味は3センチ級でしょうと。厚い肉は時間もかかるしデリケートなコツもあるでしょうと。

せっかくだから3センチ級にも挑戦しておきましょう。だってやっぱり分厚い肉を口の中にギュッと入れたいじゃないですか。

でも、分厚い牛肉ってお高いんでしょう?
いやいや、たとえばこの肉は300グラム弱で907円くらい。グラム289円。スーパーによっては精肉売場で好みの厚さにカットしてもらえるところがあるんです。この肉も、通常は焼肉用スライスでパック売りされているロース肉を「3センチの厚さでください」とお願いして、バックヤードの塊肉からカットしてもらったもの。値段は本日の広告のまま。手数料などはかかりませんでした。
塊肉から自分でカットするとなると趣味の領域になってきますが、スーパーなら業務用の機械できれいに切ってくれます。早くてきれいでお値段そのままなんですよ。

冷蔵庫から出して常温になっている肉の裏と表の両サイドに塩と黒胡椒をガリガリ。
グラム289円もするいい肉なので塩胡椒だけで食べたいです。気持ち多めに振っておきます。
サシが多いのでスジ切りなどはしておりません。

もちろんフッ素樹脂加工のフライパンです。今度は牛脂を使います。熱したフライパンの上でスケート選手のように踊り、みるみるうちに溶けていく牛の脂。

お肉ばーん。

フタどーん。このまま中火で3分ちょい。

焼き目がついたらひっくり返して裏側も中火でフタして再び3分ちょい。

側面のロースピンクが見えますか。うーまーそーうー。
3センチ級ステーキのコツはここから。余熱調理です。
両面を3分ちょいずつ焼いた肉をすばやくアルミホイルでくるみます。

このまま 余熱で中まで火を通します。火を止めたフライパンに乗せててもいいですね。とりあえずしばらく待つターン。
余熱でアミノ酸がおいしくなるまでの間に解説をしましょう。
分厚い肉を焼きっぱなしで中まで火を通そうとすると表面が焼けすぎてしまいます。焼けすぎた肉は水分が抜けて固くなり、うま味成分も激減してしまいます。
まずフライパンで表面を焼き、次にオーブンで中まで火を通す方法もありますが、オーブンがない家庭も多いのでそんな普遍性のないレシピは使いものになりゃしません。



肉のベストコンディションを出す方法は60℃台中盤でのじっくり加熱です。内部温度計を使えば加熱のコントロールは可能です。いい道具をそろえればそりゃいい調理ができますが、いま我々は「スーパーで買ってきたほどほどにいい肉を家のキッチンでダーッと焼いてガブーと食べたい」のです。
おっと。10分くらい経ちましたか。アルミホイルを触るとちょいアツくらいの温度で肉の硬さは指を押し返すくらいですね。

じゃじゃーん。うまそう。ミオグロビンの赤い汁が出てますね。火は充分通っております。

分厚さを楽しむサイズにスパスパと切って盛り付けてと。
柔らかい肉が肉汁を吸っているので、切ってもうま味汁が流れ出たりしないのです。魔法です。

完成です。手間としては正直、焼いただけです。余熱サイコー。

ああうまい、宇宙一うまい。塩と粗挽き黒胡椒オンリーだから肉の味がわかる。肉うまい。かたまりだから歯ごたえがいい。ひとかみごとに肉汁が、いわゆるひとつのジャストミート。

牛肉に合うソースはなにかって、わさび醤油ですよね。日本に生きててよかったと思うのは、醤油があることと冷蔵庫にわさびが常備されていること。塩胡椒で食べてもおいしいけど、このわさび醤油はハマる。身の丈に合わない贅沢をしている気分になる。幸せすぎてこわいくらいうまい。韻も踏んでる。

肉の温度を室温まで上げる
塩と粗挽き黒胡椒を両面に
両面を3分ずつ焼く
アルミホイルでくるんで余熱調理

これで連勝です。

コストに対してパフォーマンスが高いこと

肉の調理、たんぱく質を加熱してアミノ酸をおいしくする方法についてはすでに答えがある状態です。温度と時間の管理です。
そのためには鉄のフライパンや内部温度計やオーブンがベストなアイテムなのは、まあそのとおりなんです。
しかし、いま家にある道具で「肉食べたい欲」をシンプルに満たすことも楽しいですよね。安い肉を安い道具で短時間においしく調理。これは費用対効果、コストパフォーマンスもよろしい。



たとえば自宅で熟成肉を作って丁寧に調理した上級なステーキをこしらえることもできます。でも手間や道具を考えると、専門のお店で食べる方が結局は安上がりだしクオリティも高いです。食事に限らず、グレードの高いものを楽しむ場合は専業でやっているお店のほうが結局はコストパフォーマンス高いんですな。

今回のステーキ焼き術も「安価な素材のパフォーマンスを可能な範囲で上昇させる」という、本来の意味で「コスパの高い」メソッドを目指したものです。

ああ、おいしかった。スーパーで欲しいサイズに肉を切ってもらうのは便利なのでまたやっちゃうはずです。

あと「血のしたたるステーキ」はきっと生焼けでおいしくないと思うんです。



参照元:メシ通